本研究のまとめ
・COVID-19感染拡大により発令された最初の2回の緊急事態宣言期間(以降、第1期および第2期)を通してみると、心理的苦痛は有意に改善し、うつ病はわずかに減少していたものの、社会的ネットワークと孤独感の改善は見られなかった。
・7893人のうち3868人(49%)が第1~2期を通じて社会的孤立状態が持続しており、947人(12%)は第1期では社会的孤立状態になかったにもかかわらず、第2期では社会的孤立状態と推定された。
・未婚、子どもがいない、あるいは世帯所得の低い層では、より多くの人が第1~2期にわたる持続的な社会的孤立を経験していた。
・人工知能技術による網羅的な解析の結果、第1~2期を通じて社会的孤立を経験しなかった人を多く含むグループ(クラスター)では、健康的な行動、より多くの交流、良好な人間関係を持ち、孤独感や心理的ストレスが少なかった。
・第1~2期を通じて社会的孤立が持続した人を多く含み、かつ孤独感や心理的ストレスが強いクラスターでは、顕著に人間関係が悪化し、オンラインでの交流が少なかった。
本研究成果は,以下の論文にまとめられて,2022年3月8日に国際学術雑誌『JMIR Public Health and Surveillance』にて公刊されました。
Nagisa Sugaya, Tetsuya Yamamoto, Naho Suzuki, Chigusa Uchiumi
JMIR Public Health and Surveillance 2022, 8(3), e32694
http://dx.doi.org/10.2196/32694
主な結果
本研究では、日本にて発令された2回の緊急事態宣言下において、社会的孤立状態がどのように推移しているか、また特定の推移パターンを持つ人が多く存在するクラスターを抽出してどのような心理社会的特性が見られるかについて分析しました。
緊急事態宣言が発令された7都府県に住む7893人(女性3694人[46.8%]、49.6[標準偏差13.7]歳)からデータを得ました。調査は、第1回および第2回緊急事態宣言の最終段階である2020年5月11日~12日(第一期)および2021年2月24日~28日(第二期)にオンラインで実施されました。本研究における社会的孤立の有無の判定は、日本語版Lubben Social Network Scale 短縮版(LSNS-6、栗本ら、2011)の測定結果に基づいて行われました。LSNS-6は,社会的ネットワーク(対人交流やソーシャルサポートの有無)を測定する質問紙尺度です。
ここでは主な結果をピックアップしてお示しします。
第1~2期にかけての変化をみると、社会的ネットワークと孤独感の改善は見られませんでしたが、心理的苦痛は有意に改善し、うつ病はわずかに減少していました。また、身近な人とのオンライン交流、COVID-19関連不安、生活必需品の不足による困難、仕事・学業の困難が有意に減少していることが確認されました。つまりCOVID-19関連の様々な生活問題は改善している一方で、ネット上でのつながりは減少しているという結果であり、これは社会的孤立と孤独感だけが改善しないことと対応していると考えられました。
SI: social isolation(社会的孤立)
No SI: 第1~2期とも社会的孤立無し
Improved SI: 第1期で社会的孤立あり、第2期で社会的孤立なし
Worsened SI: 第1期で社会的孤立なし、第2期で社会的孤立あり
Persistent SI: 第1~2とも社会的孤立あり
LSNS-6: Lubben Social Network Scale (abbreviated version)
UCLA-LS3: UCLA Loneliness Scale (version 3)
K6: Kessler Psychological Distress Scale-6
PHQ-9: Patient Health Questionnaire-9
下記の表の通り、対象者全体の49%が第1~2期を通じて社会的孤立状態が持続しており、12%が第1期では社会的孤立状態になかったにもかかわらず第2期では社会的孤立状態と推定されました。さらに、未婚、子どもがいない、あるいは世帯所得の低い層では、有意に多くの人が第1~2期にわたる持続的な社会的孤立を経験していました。また、社会的孤立が持続している群は同居人数が有意に少ないという結果でした。婚姻状態や子どもの有無、同居人数が社会的孤立の持続に関連するという結果は、LSNS-6の項目が人数を尋ねていることや、家族構成が短期間では変化しにくいことから、容易に想定できる結果です。しかしながら、この結果は、身近に交流できる人々が少ないだけでなく、悩みを相談できる人、助けを求められる人が少ないことを表しています。したがって、このような人口特性を持つ人々のメンタルヘルスに関心を持つべきことを示唆しています。また所得に関しては、第一期で社会的孤立状態にある人のうち、高所得者は第二期で社会的孤立を示さなくなった人が多い一方で、低所得者の多くではこのようなことは見られなかったことも特徴的です。
SI: social isolation(社会的孤立)
No SI: 第1~2期とも社会的孤立無し
Improved SI: 第1期で社会的孤立あり、第2期で社会的孤立なし
Worsened SI: 第1期で社会的孤立なし、第2期で社会的孤立あり
Persistent SI: 第1~2とも社会的孤立あり
下の図は、ノンパラメトリックベイズ共クラスタリング解析を用いて関連する変数間の網羅的相互作用を分析した結果です。第1~2期を通じて社会的孤立を経験しなかった人を多く含むクラスター(Cluster A, K, L)では、健康的な行動、より多くの交流、良好な人間関係を持ち、孤独感や心理的ストレスが少ないことが示されました。第1~2期を通じて社会的孤立が持続した人を多く含むクラスターは、孤独感や心理的ストレスが強いクラスター(Cluster D, N)とそれらが平均に近いクラスター(Cluster B, E)に分かれており、前者では顕著に人間関係が悪化し、オンラインでの交流が少ないことがわかりました。
SI: social isolation(社会的孤立)
No SI: 第1~2期とも社会的孤立無し
Improved SI: 第1期で社会的孤立あり、第2期で社会的孤立なし
Worsened SI: 第1期で社会的孤立なし、第2期で社会的孤立あり
Persistent SI: 第1~2とも社会的孤立あり
P1: 第一期
P2: 第二期
UCLA-LS3: University of California, Los Angeles (UCLA) Loneliness Scale, Version 3
K6: Kessler Psychological Distress Scale-6
本研究や他の先行研究が示したように、COVID-19パンデミック時の社会的孤立は深刻であり、人々のメンタルヘルスを守るために緊急に対処する必要があります。しかし、パンデミック時の社会的孤立や孤独感への介入に関する研究はまだ発展途上です。本研究では、社会的孤立の要因として様々な可能性が示されており、各人の社会的孤立に至った背景によって介入方法は異なると考えられます。社会的孤立のメカニズムを評価し、適切な介入を行うためには、社会的孤立に関連する心理的、社会的、行動的特性を丁寧に評価する必要があります。したがって、社会的孤立の推移(特に持続)に関連する心理社会的要因を明らかにした本研究の結果は、パンデミック時において社会的孤立状態にある人々に対し、個人の状況に合った介入方法を開発する上で有用になると期待できます。
(文責:菅谷渚)